遺品整理は気持ちの問題
身内であろうと他人であろうと遺品整理を行うことは気の重いことだろうと思う。どんな遺品にもその人が歩んできた痕跡が残されているからである。
その人がどんな思いでそれらを求め、使い、残していったかをうかがい知ることは近くにいた身内にも難しいかもしれない。遺品はただの使い古された物、価値のない不要の品、迷惑なものかもしれない。
「人は必ず死にます」、後には量や質の多少の差はあるだろうが必ず物が残される。それらを引き継いでくれる人がいれば、思い出として遺品はその持ち主だった人ともに生きることができるでしょう。
しかし最近回りの人と縁を断ち孤立して生活する人が増えてきている。そうした場合、まったく経験を共にしたことがない者がその整理にあたる事になる。
そのようなことを専門に行う企業もできている。引き継ぐ遺族がいたとしても、全部を引き継げないない場合もそうした業者に依頼することも増えてきた。また、亡くなった人の思い出を引きずり、あるいは捨て去ることに後ろめたさを感じ全く不要なものでも処分できない人もいるのでしょう。
そうした場合は思い入れのない他人の力を借り、感傷を断ち切るのかもしれない。遺品にはただの品物というだけでなく、遺した人の痕跡なのだと思う。遺品整理とは気の重い事柄におもえる。
遺品整理という言葉
「遺品整理」と聞くとやはり大抵の人が心が重たくなる言葉であろうと思います。実際に私でも、大切な人が使っていたものを整理したり、処分したりするなんてと想像するだけで、悲しい気持にもなりますし出来たらやりたくないなとも思います。
でもそれが、遺品整理。
遺品整理をするタイミングが無い時にこそ大事な人と話し合いをしておくべきだと思います。誰にだって人に渡したくない大事なものや見せたくないものがあります。
それは、誰にも見せずに処分しておいてなんていう会話も遺品整理なんて遠い夢の話、だと思っている今だからこそできる話でもあるのです。そして、不幸にも遺品整理をする立場になってしまったとしたら。
時間が経てば経つほどに整理をしにくくなるという話はよく聞きます。故人との想い出や、故人の想いを想像して捨てるに捨てられず・・・という話です。
でも、故人のものは故人のもの。故人との想い出にともらってくれる人には出来るだけ譲り、故人が大事にしていた1~2点のみ自分の手元に残しあとは思いきって処分するべきだと思います。
モノはなくなってしまったとしても、想い出は消えません。また、想い出の品が無いと思いだせないような想い出なんてそれはたいした事じゃないと思うからです。
しかし、自分に当てはめて考えるとなんと無駄なものが多いことでしょう。これでは、自分にもしものことがあった時に遺品整理をする誰かに申し訳ない限りです・・・。やっぱり、人間、まさか、に備えて身辺整理はいつもするべきだと思います。
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